夏の匂い

文月も折り返しに迫ってきた。

すれ違う人たちの軽装ぶりも

見慣れてきた頃。

 

どんなに早く出勤しても

太陽の元を歩けることが嬉しい。

髪を靡かせ、少し汗を滲ませ、

僅かな木漏れ日を浴びて、

早朝の少しだけ涼しい風を感じて。

何だか生きている実感を持つ。

 

帰りが少し遅くなったとしても、

まだ完全に夜の空模様ではなく、

空の一部がネイビーとパープルと

ピンクとオレンジとが混ざった、

何ともノスタルジックな色に染まる様を

遠くからただぼんやりと眺めるのも好きだ。

 

地元に戻って

商店街を抜けた住宅街に差し掛かると、

どこかの家から夕飯の匂いがする。

家庭の温かさを感じられる匂いも好きだ。

 

そんな好きな匂いや情景を

眠気まなこで歩きつつ、

少し切ないラブソングを聞いて、

天を見上げながら歩く帰り道。

 

私だけの時間。

 

誰かにお疲れ様と言われているような、

言われていないような、

自分を少し労わるような、

そんなひとりだけの時間。

 

最近、人間とは不思議な生き物だと思う。

人間が生まれ持った環境適応能力は

凄い力なんだと思う。

無論まだまだ不慣れなことは多いが、

少しずつ仕事に慣れてきた

実感も生まれ始めている。

 

前より行き場のない気持ちを、

上手く噛んで飲めるようになった気がする。

 

ただ、慣れも慣れで怖い側面がある。

慣れてくると必ず手を抜く人がいる。

どこかで魔が差すような。

 

私もそうかもしれない。

そうはなりたくない。

 

謙虚にいこう。

 

謙虚に。

産声

たまにふと、誰かに伝えたいのか、

別に誰かに伝えたいわけでもなく

ただぽつりぽつり呟いてみたくなるだけ、

たったそれだけなのか、

自分でもよくは分からないが、

胸中の言霊たちを

外に放ってみたくなることが、

私にはどうやらあるようで。

 

何故だか最近、私の中で

そんな時期が訪れているらしく、

意味もなく、目的もなく、

たまにフリック交えながら、

あてもなく記している。

別に意味なんて、理由なんて、

必要だの不必要だの関係ないのかな。いっか。

 

そんな私は何者なのか、表向きで綴るなら

当時憧れだった業界で、しかも、

希望通り表舞台ではなく、縁の下の力持ち的な

職種で、素敵な同期と出会い、

社会人として世に出て早3か月なのか、

まだ3か月なのか。そんなところである。

 

大変だとは世間的にも

認知されている業界ではあるが、

当時就活生だった私は全く知る由もなかった。

こんなにも大変だなんて。

 

勿論、他の仕事を楽だの、

多忙極まりないだの、私の勝手な尺度で

測るべき話ではない。人それぞれ

思うことがあるのも分かっている。

そんなつもりではあるが。

こんなにも華があると

世に認知されているのとは対局をいくほど、

地道で、果てしなく、答えのない仕事だとは、

正直思いもしなかった。

ゴールがない仕事である。

 

人間は兎角、終着点を求め、

そこに向かって歩みを進めていきたくなる、

そんな生物である気がするが、

そのような考え方を持つ者にとっては、

きっと迷宮の中を彷徨う感覚に陥らせる、

そんな仕事なのではないだろうか。

 

そして学生バイト時代とは異質の、

人間関係や上下関係を徐々に目の当たりに

するようになるにつれ、

一層顔色を伺わなければならないことへの

知らぬ間のストレスが、精神的に、身体的に、

影響を及ぼしているようにも思える。

 

そもそも、ストレス耐性にはそれなりに

自負していた私にも関わらず、

いざ身を投じてみると、こんなにも私は

繊細さを持ち合わせていたなんてと。

まだまだ自分の中に未知なる自分が

息を潜めていたなんてと。

 

人間は面白い。

人間は、幾つになっても

新たな発見がある生物なのかもしれない。

 

そんなことを記しながら

久々に食べるドーナッツの甘みと、

少し感じる油っぽさとで、

少し覇気を失いかけている私のことを、

どうか来たる明日のために

コーティングしてくれないだろうか。